ライフワークでもあるパリ・オペラ座のダンサーたちを追いかけた 写真集『Les Danseurs(2015)』に続く、踊り手たちの ドキュメンタリー作品第二弾『Expression of Freedom Through the World of Dance(Damiani刊)』が間も無くお披露目となる。
そんな彼が、西洋舞踏の最高峰パリ・オペラ座を超えるインスピレーションを求め、 辿り着いたのが、日本が世界に誇る伝統文化、歌舞伎だった。 普段目にすることの叶わない貴重な作品を特別披露します。
初めての撮影は確かパリの左岸の裏通り。それから20年、多くのプロジェクトを共にしてきた写真家マシュー・ブルックス。「歌舞伎俳優を撮影するチャンスはないかな?」NYCからの国際電話を取ると、20年来の友人は、開口一番そう尋ねてきた。
「ちょっと心当たりがある」と私が応えた翌日には、彼は空の上だった。
半日以上のロングフライトを経て成田空港に降り立ったマシュー。朗らかな面 持ちで到着ゲートを抜けてきた。とある銀座のホテルにチェックインすると、ラ ウンジでコーヒーを一杯。そう、来日の足で撮影に。疲労を微塵も感じさせず、両 手一杯のカメラと機材を抱え、ウキウキと銀座の街並みを歩き歌舞伎座へ向 かったのだった。
”パリ・オペラ座のバレエダンサーをNYCのコンテンポラリーダンサー、アフリ カの民族舞踏、これまでに様々なスタイルの踊り手たちを撮り続けてきました。 “踊り”が持つ、自由と情熱の発露、そして文化と伝統への継承、そしてその多様 性を一冊にまとめること、それが僕の新作『Expression of Freedom』の主題で す。そのラストピースこそが、歌舞伎だったのです。歌舞伎の演舞は、世界の舞踊 の中でも大変特殊だと思っています。伝統と歴史に裏付けられた、静謐な舞台で繰り広げられる、俳優たちの圧倒的な集中力と繊細な動き。そこで流れる荘厳な時間を間近で触れられたことは、かけがえの無い経験でした。”
と語るマシュー。
”歴史や文化背景への敬意、動きの正確性など、歌舞伎俳優とオペラ座のバレエダンサーたちの共通点は、それぞれのジャンルの頂点であるが故に、多々見受けら れました。大きく異なる点を挙げるとすれば、バレエダンサーの撮影ではその身 体性に惹きつけられて瞬間を切り取る一方で、歌舞伎ではその空間全体に呑み 込まれるような感覚でシャッターを押していました。それは、これまで味わった ことのない、とても不思議な感覚でした。鮮やかな衣装や独特の化粧、厳かな舞 台と音楽は、非常にフォトジェニックでした。
その中でも、大変興味深かったの は、舞台上の役者がすべて男性だったこと。マスキュリンな激しい感情表現から、 フェミニンな麗しい所作まで、ジェンダーアイデンティティを超越した美しさ に深く感銘を受けました。”
今回、急な依頼だったにも関わらず、歌舞伎という、日本文化の象徴を撮影させ てもらえたことは、写真家にとってこの上ない栄誉だと、今回の貴重な機会に心 から感謝しています。 濃縮された2日間の撮影を経て、感動が詰まったフィルムを抱えヨーロッパ へと飛び立ったマシュー・ブルックス。その足で、『Expression of Freedom Through the World of Dance』の印刷所があるイタリアへと向かったのだった。