もっと近づいて! 写真家・操上和美の声に即座に反応して、歩みをぐっとカメラへと近づ けるたびに、端正な大人の顔からいたずらっ子のような面差しや挑発的 な表情が現れる。10代の頃からの長い付き合いゆえ、パブリックな顔と はまた違う素の瞬間が零れ落ちる。大笑いしたり、少年のようなおどけた 表情など、操上はあえて崩しの時間を挿入することで、肖像写真のテン ションを引き上げる。 40代から50代にかけて、例えばテレビドラマ「教場」の木村拓哉の演 じる人物像は若い人を育て、引っ張る役が増えた。若い頃は、硬直した組 織を崩す異分子的な役柄が多かった。
彼自身の言動が芸能界の価値観を 変えることも多かった。と、前説のような話をすると、不思議そうな顔で、「え? 僕、どの辺を壊しました?」と唐突に逆質問が飛んできた。カジュ アルなファッションで、そのままメディアに登場し、飾らずラフな言動で、 テレビの中の出来事や、映画で行われている時間が、視聴者や観客と地続 きにいるように近しく思わせた。これが木村拓哉のやってきたことの最 大の功績ではないだろうか。
「それで壊したことになるんですか?」と射貫くような目線がこちらに まっすぐ届く。その後、ふっと表情を和らげて、「あ、地続きか」と腑に落 ちる顔に落ち着いた。
「自分が演技の仕事をさせていただいているとき、ごく稀に〝 なんで俺、 こんなことやってんだろう? 〟っていう思いが一瞬よぎるときもあっ たりします。けれど、作品の必要な部分として、何かに情熱を注いで、熱 くなって、ぶつかって、ぶちのめされて、でも、もう1回立ち上がることを 何度も繰り返し演じているのは、仕事に対しての火がずっと消えていな いからだと思う。演じることへの火が灯り続けて、灯し続けられるのっ て、やっぱり自分の中にあるプライドだったり、責任だったりする。
プ ロフェッショナルっていうものがもし自分にあるとするなら、ほんの ちょっとでいいから、本物のレベルまで1歩でもいいから近づけねえか なって準備してきたことが、多分、自分のこれまでの歩みになっているか と思う。毎回そうですけど、俺、もっとできんじゃねえかっていう感情が 自分の原動力なんですよね」
その言葉を聞き、これまで演じた『武士の一分』や『無限の住人』、『検 察側の罪人』などで見せた剣技の鋭さが頭の中に甦る。職人外科医を演 じたドラマ「A LIFE 愛しき人」のときは、「許可を取って、全部オペを見 学させていただいたんです。脳外科、心臓外科、肝臓、すい臓、胆管、臓器が 違うこと、執刀する人によって向き合い方はちがうけど、どうすればリア ルになるかという部分は自分で採取していかないと表現できないから」 最新作の映画『グランメゾン・パリ』では、人気を博したドラマ「グラン メゾン東京」から数年後の設定で、型破りのフランス料理のシェフ、尾花夏樹を引き続き、演じている。ドラマの中で見せる包丁さばき、食材を触 るときの丁寧な手さばき、鍋の扱いなど、一連の動きが玄人はだしなの は一目瞭然。料理は腕力ともいわれる重労働だが、今回の撮影で、ノース リーブのトップスに着替えたときに露わになった二頭筋の太さが、その 説を補強する。この鍛えた腕で尾花は数々の試練を乗り越え、星を狙うの だと。もちろん、尾花を演じられるのは、木村本人が積み重ねた年月も関 係している。
「お料理に関しての専門知識や経験というのは、たまたま自分は、バラエ ティ番組の中で21年間ほど、 料理のコーナーがあって、必要事項として常に触れ合う時間があったと いうことが大きいですね。で、収録の現場でもそうですし、オフのときで も、僕を支えてくれた料理関係者の方の尽力が大きい。去る10月に亡く なられた服部栄養専門学校の服部幸應校長は、何ていうんだろう、本当に 僕にとっては身近な存在だったんです。折々でずっとお世話になったし、 教わったし。この『グランメゾン・パリ』のゼロ号試写を開いた時も、服 部校長が見に来てくれて、〝 素晴らしかったよ、ありがとう 〟って言って くれたんです。その三日後ですね、突然亡くなられたのは......本当に急 で。
仕事を表現する役に挑むことって、実際にそのお仕事に携わってい る人たちから、見終わった後、〝 いや、これはないよ 〟〝 こんなこと実際し な い 〟〝 ま あ 、ド ラ マ だ か ら ね 〟っ て 言 わ れ が ち だ け ど 、僕 は プ ロ フ ェ ッ ショナルな方たちとそんな形のコミュニケーションは取りたくない。 〝 よ く ぞ 、撮 っ て く れ ま し た 〟っ て 位 に ま で な ら な き ゃ 、や る 意 味 が な い 。 だから僕も、演じる以上は鼻を利かせて、これぞという方にはお会いしま すし、会うだけじゃ話にならないから実際に見学させてもらうし、いろん なお店の厨房には相当入っています」
映画ではフレンチの本場、パリで自分の店を開きながらも、新進シェフ につきものの良い食材を提供してくれる卸売先が見つからないという試 練から始まる。また、様々な国から集まった多国籍のスタッフゆえ、日本 のようなあうんの呼吸は通用しない。尾花は口で言うより、行動が先に立 つタイプなのはドラマからのおなじみの光景だが、口下手とは言ってら れない数々の困難に直面する。それでも尾花はあくまでもミシュランの 三つ星を狙うために目標を下げない。
料理業界の競争がシビアなのは言うまでもない。開業以来20年間、「世界 のベストレストラン50」において、5度も世界1位を獲得し、ミシュラン 3つ星と華々しい称号を得ていたコペンハーゲンのレストラン「ノーマ (noma)」が2023年に突然、24年末にて店舗での通常営業を終えると 発表し、世界のレストラン業界を驚かせたのは記憶に新しい。その料理人 であるレネ・レゼピはニューヨークタイムズに「過酷な労働時間と激し い職場文化を持つ高級店は限界点に達している」と高級レストランが直面する問題へ警告を鳴らした(※その後、レゼピは2025年からは世界各 地でポップアップを行い、コペンハーゲンの店舗はラボ、ノーマ3.0とし て季節的に営業を行う計画を発表している)。朝のマーケットでの仕入 れから始まり、料理の下準備、そして本番。
長時間にわたる肉体労働に加え、年々、料理の献立の複雑さ、斬新さが求められる。映画の中でも、高級 肉を焼いてソースをかけるだけの時代は終わり、というセリフが登場し、 尾花が出す料理もテーブルに届くまでの時間を逆算し、献立の味が最大 限に開花するまでを試行錯誤する。木村は今回の尾花役として髪の毛を 金髪に染めたが、それはパリで唯一、日本人シェフのフレンチ料理店とし て三つ星を獲得しているRestrant KEIの小林圭シェフへのリスペクト を感じ取ることができる。小林氏は今作に料理監修として協力している。 「小林圭にインスパアされるも何も、アジア人初の三つ星シェフの日本 人がパリに実在してくれているっていう事実が大きいですよね。映画で 僕らキャスト、スタッフがやっていることはもちろんフィクションなん ですけど、でも、『ハリー・ポッター』シリーズみたいに魔法を使わないと。
実現しない、いつかのおとぎ話じゃない。ケイみたいに確かに実在してく れている人がいるんだから、尾花だってひょっとしたらいけるんじゃな いって思わせてくれる。正直、子どもじみた言い方になっちゃいますけ ど、こんなのやだよ、無理だよ、本編の半分以上フランス語なんてって設 定を聞いたら言いたくなっちゃうんだけど、いや、実在している人がいま すと聞くと、そこは越えなきゃいけない壁としてはっきりする。そして実 際、ケイの大きさ、存在感に触れると越えやすくなる。三つ星シェフは架 空の、見えない存在じゃなくて、実際に料理をしている姿は見れるし、触 れられるし、話せるし、彼からの質問もあったり、僕らサイドからも質問 させてもらったり、非常に助かりましたね」 小林圭シェフはアラン・デュカスの元で修業を積み、現在はパリ、東京 とガストロノミーレストランで挑戦を続けている。映画の中でも、尾花が 攻めるメニューに、数学者や科学者に通じる緻密な計算が炸裂する。ただ、 尾花という男の面白さは、それだけじゃないと木村は分析する。 「液体窒素を使ってオイルを凍らせるシェフたちもいますけど、でも、料 理を突き詰めて、数学者になっちゃって、方程式を組んで、はい、これが正 解ですってお客様に出すことをサービスと言いますというと、違うと思 うんですよ。だって、10人中8人が〝 うわあ、美味しい 〟って言ってくれて も、そのうち、ひとりがほんのちょっといつもより疲れていたり、自分は そこまでこれは得意じゃないですという食材があったりすると、方程式 では対応できない部分が生まれてくるじゃないですか。僕自身は、これま での経験や、尾花を通して、料理って相手と言葉を交わさなくても、こち らが作り上げた匂いや温度、触感、そういうものが相手の中にダイレクト に入っていく行為そのものだと思う。中学生みたいな言い方をしちゃう と、快楽を伴うというか、どこかセックスにつながるもので、ケイも尾花 もそこは突き詰めている。非常にセンシティブに思考しないと、ただの自 己満足、いわゆるエゴになってしまうから、演じるうえで大切にしたのが 職人としての覚悟だったり、プロの責任でしたよね」実現しない、いつかのおとぎ話じゃない。
ケイみたいに確かに実在してく れている人がいるんだから、尾花だってひょっとしたらいけるんじゃな いって思わせてくれる。正直、子どもじみた言い方になっちゃいますけ ど、こんなのやだよ、無理だよ、本編の半分以上フランス語なんてって設 定を聞いたら言いたくなっちゃうんだけど、いや、実在している人がいま すと聞くと、そこは越えなきゃいけない壁としてはっきりする。そして実 際、ケイの大きさ、存在感に触れると越えやすくなる。三つ星シェフは架 空の、見えない存在じゃなくて、実際に料理をしている姿は見れるし、触 れられるし、話せるし、彼からの質問もあったり、僕らサイドからも質問 させてもらったり、非常に助かりましたね」 小林圭シェフはアラン・デュカスの元で修業を積み、現在はパリ、東京 とガストロノミーレストランで挑戦を続けている。映画の中でも、尾花が 攻めるメニューに、数学者や科学者に通じる緻密な計算が炸裂する。ただ、 尾花という男の面白さは、それだけじゃないと木村は分析する。 「液体窒素を使ってオイルを凍らせるシェフたちもいますけど、でも、料 理を突き詰めて、数学者になっちゃって、方程式を組んで、はい、これが正 解ですってお客様に出すことをサービスと言いますというと、違うと思 うんですよ。だって、10人中8人が〝 うわあ、美味しい 〟って言ってくれて も、そのうち、ひとりがほんのちょっといつもより疲れていたり、自分は そこまでこれは得意じゃないですという食材があったりすると、方程式 では対応できない部分が生まれてくるじゃないですか。
僕自身は、これま での経験や、尾花を通して、料理って相手と言葉を交わさなくても、こち らが作り上げた匂いや温度、触感、そういうものが相手の中にダイレクト に入っていく行為そのものだと思う。中学生みたいな言い方をしちゃう と、快楽を伴うというか、どこかセックスにつながるもので、ケイも尾花 もそこは突き詰めている。非常にセンシティブに思考しないと、ただの自 己満足、いわゆるエゴになってしまうから、演じるうえで大切にしたのが 職人としての覚悟だったり、プロの責任でしたよね」
「グランメゾン東京」からの主要人物としては、尾花にはかつての恋人 であり、世に影響力の強いフードインフルエンサーのリンダ・真知子・リ シャール(冨永愛)と、スーシェフの早見倫子(鈴木京香)が彼の厳しく も頼もしい相棒ともいえる。今作ではリンダが厳しい評価を出すことに よって、尾花が苦境に陥る局面もある。忖度しない、厳しい批評家は木村 の周りにもいるだろうか?
「近いところで言うと、家族。それと自分の投げかけていることを、受け 取るのを楽しみにしてくれているようなファンの方たち。以前は自分の 仕事の投げかけも、受け手もワンウェイだったけど、今はSNSを通して、 自分が思っている感情も言葉も伝えようと思ったら伝えることができる し、みんなの方からの感想の言葉も耳に届くから。相互のコミュニケー ションが生まれるようになりましたよね。その分、〝 こんな木村は見たく ない 〟っていう言葉を目にするようにもなったけど、そこに対するエク スキューズが生まれて、コンプライアンスっていうものが生まれて、こっ ちにいったら危ないです、それはやめてくださいという警句も増えるけ ど、それを全部聞いて、受け止めたら表現の領分が随分と狭くなっちゃう。 そこはリンダと尾花の関係と同じで、聞きすぎないってことも大事です ね。〝 軸のある柔軟性 〟。これで2025年は進みたいかな」
Takuya Kimura/木村 拓哉
1972年生まれ。言わずと知れた、日本を代表する俳優・アーティスト。 終盤戦に差し掛かった全国ツアーを走り切ると、2024年12月29日(日)21 時からTBS系スペシャルドラマ「グランメゾン東京」のOA、翌30日(月)からは待望の映画版「グランメゾン・パリ」の公開と続く。